バーブラ・ストライサンドの現在は?『追憶』主演女優の本名・身長・生年月日、そして若い頃のエピソード。

ドラマ女優

映画『追憶』や『スター誕生』などで日本でも有名なバーブラ・ストライサンド。”EGOT”と言われる「E」エミー賞、「G」グラミー賞、「O」アカデミー賞(オスカー)、「T」トニー賞を受賞したレジェンドです。そんなバーブラ・ストライサンドの現在や若い頃についてまとめてみました。

バーブラストライサンドの現在は?新アルバムの挿入曲には、大物歌手とデュエットも。

バーブラ・ストライサンド、79歳となった現在も、Facebookやインスタグラムを頻繁に更新していますね。

6月の投稿ではアルバム「ESSENTIALS」のリリースを発表。ウイリー・ネルソンとのデュエットが含まれているそうです。

彼女のインスタグラムで印象的なのは、コロナウイルスと全米が戦っていた昨年、「You’ll Never Walk Alone」の新たなミュージックビデオを公開しました。

新型コロナウイルスと戦う医療従事者を称えたものなんですけど、その映像の中にはドライバーや食料品店のレジの人なども映っています。

最前線で戦うすべての人たちを称えていて、バーブラ・ストライサンドの歌声がジーンと胸に響きます。

 

医療従事者はじめ、使命感を持って最前線で頑張っている人たちって、たくさんいるんですよね。

彼女から溢れる歌の力で、世界中にメッセージを与えてくれていました。

そんなバーブラ・ストライサンド、コロナウイルス以前は70歳を過ぎても、ライブ活動を続けています。

2017年7月にはロンドンのハイドパークで行われた「British Summer Time」フェスティバルでヘッドライナーを努め、『スター誕生』で共演したクリス・クリストファーソンとデュエット。

8月にはシカゴ公演でアリアナ・グランデをサプライズ・ゲストに招き、1979年にドナ・サマーとリリースしたヒット曲「No More Tears」をデュエットしてファンを喜ばせています。

アリアナ・グランデはバーブラ・ストライサンドとの2ショットにこのようなコメントを付けて投稿。

「この瞬間を永遠に心にしまっておく」

バーブラ・ストライサンドも、このようにコメントしています。

「デュエット・パートナーにアリアナを迎え、素晴らしい夜になった。彼女は本当にスイートで、一緒に歌うのは凄く楽しかった!♥」

80歳を前にして、現在も、現役。素敵ですね。


バーブラストライサンドの若い頃。身長・生年月日・本名は?

本名 :バーバラ・ジョアン・ストライサンド(Barbara Joan Streisand)
生年月日 :1942年4月24日(79歳)
出生地 :アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク
職業 :歌手、女優、作曲家、映画プロデューサー、映画監督
身長 :165㎝


バーブラ・ストライサンドは、ロシア系ユダヤ人の父エマニュアルと母ダイアナの間に、ニューヨークのブルックリンで生まれました。

本名はバーバラ(Barbara)ですが、2番目の”a”をとってバーブラ(Barbra)と改名しています。

父は高校教師でしたが、バーブラストライサンドが11歳の頃、若くして亡くなってしまいます。(享年34歳)

兄とバーブラの二人を養うため、母親は働きに出ており、小さな頃に両親の愛情を味わうことがなかったと、バーブラは後に回想しています。

そんな寂しさを紛らわすようにアパートの前で歌っていたそうで、歌ウマな少女として知られた存在でした。

高校時代は合唱団に所属。メンバーの中には二ール・ダイアモンドもいたそうですよ。

実は、母親のダイアナも歌が上手くセミプロとして歌っていたそうです。

そんな影響もあってバーブラストライサンドは、この頃ブロードウェイの舞台に立つことを夢見ていました。

14歳の時に見たブロードウェイの舞台『アンネの日記』によって、その思いは一層強くなりました。



 

バーブラストライサンドの代表作。現在も色あせない『追憶』

バーブラ・ストライサンドの日本での代表作と言えばこの『追憶』でしょう。


あらすじはこうです。

ロバートレッドフォード演じる”ハベル”は、家庭も裕福、そして学業も優秀でスポーツも万能の大学のスター学生。

一方、”ケイティ”は学業はもちろん、政治運動にも情熱を燃やす貧乏学生。裕福な学生たちからからわかれるような存在。

住む世界の違う二人だが、互いにシンパシーを感じる。

そして数年がたち、とあるバーで偶然に出会い、泥酔したハベルはケイティと一夜を共にする。

それをきっかけに二人は惹かれあい、結婚。

しかし、大学の時と同様住む世界が違う二人は、別々の道を歩むことにする。

『追憶』でバーブラ・ストライサンドが演じた”ケイティ”は、売れない時代の彼女そのものだったのではないでしょうか?

貧乏学生ながらも、何事にも精一杯の行動をする。

報われなくても、自分の信念を曲げず、突き進む。

別れを決めた時は、妊娠中のケイティ。
「せめて、出産までは一緒にいて欲しい。」
そんな健気さが、なんともいじらしかったです。

そしてラストシーンもまたいいんです。
10年の月日を経て、偶然出会った二人。
ハベルがケイティに歩み寄みよる。
二人は見つめ合い、ハベルの前髪に触れるケイティ。
「元気?」
「子供は?」
ケイティの答えに、ハベルが「good」と頷く。
一瞬にして10年前に戻り、一瞬にしてもう二度と会わないだろう未来を悟る。
そんなラストシーンが泣けるんです。

是非、観てほしい映画の一つです。


バーブラストライサンドの若い頃。リアル「スター誕生」秘話

バーブラ・ストライサンドは16歳の時に母親の反対を押し切って、マンハッタンに移ってエセル・マーマン芸能学院に通うため、独り暮らしを始めます。

そして同時に、数々のオーディションを受け、オフブロードウェイの舞台の小さな役を得ていたそうです。

この頃は生活費がままならず、いくつものアルバイトをしながら、友人宅を転々としていたこともありました。

そして、当時の恋人がバーブラ・ストライサンドの歌の才能をいかした方が良いと、ナイトクラブで歌うことを勧めました。

バーブラも当面の生活費を何とかするため、ナイトクラブ”ライオン”のオーディションを受けることにしました。

オーディションでバーブラ・ストライサンドが歌うと、聴衆は彼女の歌声に魅了され、歌い終わった時には大歓声が上がったそうです。

そして週給50ドルで契約をします。いざステージに立つと瞬く間に評判になり、契約を再延長。

他のナイトクラブでも歌う機会を得て、歌手バーブラ・ストライサンドの知名度はますます高まり、遂に業界最大手のコロムビアㇾコードとも契約するまでに。

歌手として認められつつも、バーブラ・ストライサンドはブロードウェイの舞台に立つ夢はあきらめていませんでした。

ナイトクラブのステージに立つ傍ら、オーディションも受け続け、1961年から1963年にかけて公演された『I Can Get It for You Wholesale』で、念願のブロードウェイの舞台を踏むことになります。

彼女の役柄は、主役のエリオット・グールドが演じるビジネスマンの秘書役というもの。

この舞台の演技は、トニー賞にノミネートされるほどの評価を得、二十歳にして女優としても大きな道が拓けました。

こう振り返ってみるとバーブラストライサンドはすごいエンターテナーだということがわかりますね。

18歳から80歳までの間、歌と演技で人々を虜にしてしまう魅力ってなんなのでしょう。

生活費を稼ぐために始めた歌も、実は「一曲に込められた芝居」として演じるという演出をしていました。

これは、歌うことを勧めた当時の恋人が、女優にこだわる彼女を、そう言って説得したのだそう。

彼女は女優として、台詞を歌に乗せて聴衆の心を一瞬にしてつかむことが出来たのです。

それだけの歌声と表現力をしっかりと練り込んだからでしょう。

芝居にしても、そのようなことがあったと思います。

しっかりと役作りをして臨んだのではないでしょうか。実は主役のエリオット・グールドとリハーサルの時に恋に落ち一緒に住み始めたそうなのです。

それだけ役に入り込んでいた!証でもありますね。

このようにして、バーブラ・ストライサンドと言う「スター誕生」となったのです。


バーブラ・ストライサンドの若い頃 アカデミー賞など数々の受賞歴

本国アメリカでは日本の比ではない程の大・大・大スターです。
受賞歴だけ見ただけでも「EGOT」(イーゴット)と言われる、「E」エミー賞、「G」グラミー賞、「O」アカデミー賞(オスカー)、「T」トニー賞を受賞したレジェンド。

主要な受賞歴はこちらです。

アカデミー賞
主演女優賞
1968年『ファニー・ガール』
歌曲賞
1976年『スター誕生』
AFI賞 生涯功労賞
2001年

エミー賞
娯楽部門個人業績賞
1965年『My Name is Barbra』
バラエティ/音楽プログラム部門個人業績賞
1995年『Barbra Streisand: The Concert』
2001年『Timeless: Live in Concert』

グラミー賞
最優秀アルバム賞
1964年『The Barbra Streisand Album』
最優秀楽曲賞
1978年「スター誕生の愛のテーマ」
最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞
1964年『The Barbra Streisand Album』
1965年『ピープル』
1966年『マイ・ネーム・イズ・バーブラ』
1978年「スター誕生の愛のテーマ」
1987年『追憶のブロードウェイ』
最優秀ポップ・パフォーマンス賞
1981年「ギルティ」
特別賞
1992年、1995年

トニー賞
特別賞
1970年 「この10年間のスター」として

ゴールデングローブ賞
作品賞(ミュージカル・コメディ部門)
1983年『愛のイエントル』
監督賞
1983年『愛のイエントル』
主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)
1968年『ファニー・ガール』
1976年『スター誕生』
主題歌賞
1976年『スター誕生』
セシル・B・デミル賞
1999年

大統領自由勲章
2015年

日本の知名度の何十倍もアメリカでは有名なんですね。そして80歳を前にしてもいまだ現役。

その魅力は衰えるどころかますます増しているようです。

いつまでもバーブラ・ストライサンドの歌や演技を見ていたいですね。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

では、また!


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