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マコーレー・カルキンの現在は?『ホームアローン』出演は幸せだった?

『ホームアローン』などで世界一有名な子役と言われた、マコーレー・カルキン。

現在は、何をしているのでしょうか?

幼くして注目を集めたことは、幸せなことばかりではなかったようです。

そんなマコーレー・カルキンの、「現在」をご紹介します。

 

マコーレー・カルキンは現在、役者としてカムバック。

『ホームアローン』などで、子役として大ブレイクした、マコーレー・カルキン。

しかしその一方で、両親の離婚、父親との確執や、アルコール依存など、私生活では荒んでしまったようです。

そんなこともあって、俳優も休業状態となっていました。

しかし、2016年ころから、徐々に作品に出演を始めています。

最近、人気シリーズ『アメリカン・ホラー・ストーリー』のシーズン10に出演。

脚本家のミッキーと言う役柄でした。

ところが、このミッキー。

なんと、バイセクシャルで男娼という顔を持っている役柄です。

子役時代の、あのかわいらしいマコーレーが男娼!

そして、次々に戦慄を巻き起こしていくのです。

この衝撃的な役柄をマコーレー・カルキンは好演し、話題となりました。

写真を見ても、なんとなく妖しいオーラを出していますね。

今後、個性派俳優として、活躍が期待されているようです。



 

現在も注目されるマコーレー・カルキン

最近話題になったのは、2022 年の「ハリウッド ウォーク オブ フェイム」に選出されたことでしょうか。

あの、手形が納められる殿堂に選ばれたのです。

マコーレー・カルキンの他には、ユアン・マクレガージェイソン・モモア、マイケル・B・ジョーダン、テッサ・トンプソンなど、今も活躍するスターばかり。

さらに、フランシス・フォード・コッポラ、ウィレム・デフォーなど大御所も。

そんな中にあって、10代の活動だけで選出されたのですね。

それは、マコーレー・カルキンが、子役の位置づけを変えた!と言えるのでしょう。

こちらのセレモニーの日程は、まだ予定されていません。

受賞者自身が日程を決めて、セレモニーをじっしするそうなのです。

期限があって、2 年間だそうです。

マコーレー・カルキンはセレモニーをするのか?

ちょっと疑問も残りますが、楽しみに待っていましょう。

 

『ホームアローン』のマコーレー・カルキン出演CMが、今も話題に!

マコーレー・カルキンがカムバックして出演した、あるCMが今でも話題になっています。

それは、2018年12月、GoogleのCMです。

CMの内容は、38歳になったケビンが、クリスマスにひとりで留守番をしている「ホーム・アローン」のパロディ。

ケビンはGoogleアシスタントを活用しスマホで、快適に一人のクリスマスを過ごすと言うもの。

こちらが、そのCM。

「ホーム・アローン」同様、ベッドの上で飛び跳ねるシーンでは、シーツを洗うリマインダーを設定。

飛び跳ねた反動で、腰を痛めてしまうなんてシーンも。

そして、Googleアシスタントで設定した「Operation Kevin(ケビン作戦)」で、玄関ドアのスマートロックを起動。

そして、家を守るための一連のプログラムを実行。

泥棒2人は家に侵入できずに終わると言うオチが。

ツイートの「Googleアシスタントがあれば、強盗から家を守ることがはるかに簡単だということが判明した」ってコメント。

笑えますね。



 

親が残念なマコーレー・カルキン。年齢、身長、生い立ち

マコーレー・カルキンの生い立ち

本名: Macaulay Macaulay Culkin Culkin
(Macaulay Carson Culkin)
生年月日: 1980年8月26日
年齢: 42歳
出生地: ニューヨーク州 ニューヨーク
身長: 168 cm

マコーレー・カルキンは、7人兄弟の4番目に生まれました。

父親のクリストファー(通称キット)と、母親のパトリシア・ブレントラップは、結婚せず7人の子をもうけていました。

しかし、生活は困窮していたそうです。

その様な中、マコーレー・カルキンは、4歳から子役として活動をしています。

そして10歳のときに、『ホーム・アローン』(1990年)で大ブレイク!

さらに、次作『マイ・ガール』(1991年)や『ホーム・アローン2』(1992年)で、世界で最も有名な子役スターとなりました。

残念だったのは、マコーレーのマネージャーを、父親の”キット”が務めていたこと。

キットは、息子のマコーレーが大成功を収めたことで、キャスティングやギャラ交渉、制作などに、非常識な要求をするようになります。

しかも、短気で強欲な性格もあって、関係者から煙たがられるようになります。

そんなキットの性格は、父親としても同様で、家族にも虐待をしていたそうです。

母親のパトリシアは、耐えられず1995年に、キットの元を去りました。

破局した二人は、子どもたちの親権を巡り裁判で戦うことに。

またこの裁判は、マコーレーの稼いだ1700万ドル(約19億円)の争奪の様相も呈して、マスコミも騒ぎ立てました。

▼関連記事:こちらもご覧ください▼

『ホーム・アローン2』あなたが知らないかもしれない5つのトリビア。

 

親同士の裁判後、俳優引退

結局、1997年に裁判所の判決が出て、母親が子どもたちの親権を得ることになります。

そして、「マコーレーの稼いだお金はマコーレーの会計士が管理する」という判決もあり、一件落着。

しかし、親同士の戦いにマコーレー・カルキンは、どんな気持ちだったのでしょうね。

この裁判中は、あえて映画には出演しなかったそうです。

複雑な心境だったのでしょう。

その後のインタビューで、彼は虐待されたことで今も腕にアザがあることを告白。

「父親は”とにかく極悪人”。」

そうコメントし、家族の誰もが父親にはついて行きたくなかったと言っています。

結果的には、マコーレーの気持ちの通りになったようです。

しかし、両親の争いや、マスコミが騒ぎ立てる状況に、10代半ばの少年の心は傷ついたのでしょう。

マコーレー・カルキンは、15歳で俳優を引退してしまいます。

せっかく子役として有名になり、お金も稼げるようになったマコーレー。

親のため、家族のために良いことができたと思ったでしょうにね。

いきなり、億万長者になってしまったから、父親が舞い上がってしまい、勘違いをしてしまったのでしょうか?

そんな、マコーレー・カルキンの稼いだお金って、どのくらいあったのか?

次章で見てみましょう。



 

名子役マコーレー・カルキンの稼いだギャラは?

4歳の頃から子役として活動していた、マコーレー・カルキン。

一躍大スターとなった『ホームアローン』のギャラは、11万ドル(約1400万円)。

このとき、マコーレーは10歳でした。

そして翌年の『マイ・ガール』では、100万ドル(約1億1300万円)のギャラを獲得。

これは、当時の子役史上最高額だったそうです。

この『マイ・ガール』も大ヒット。

次作の『ホーム・アローン2』(1992年)のギャラは、450万ドル(約5億1000万円)に跳ね上がりました。

さらに、『ゲッティング・イーブン』(1993年)、そして『リッチー・リッチ』(1994年)では、800万ドル(約10億4000万円)と倍増!

10代半ばにして、ハリウッドセレブ並みのギャラを支払われるようになりました。

しかし、世の中プラスとマイナスは、同じだけあると言われています。

家庭は崩壊し、マコーレー自身も不安定な精神状態に。

この頃は、重度のアルコール依存症だったと言われています。

まだ、子どもなのに。

なんとも、切ないですね。



 

 

マコーレー・カルキンとマイケル・ジャクソンの友情

子役時代に一躍大スターとなり、人知れず悩んでいたマコーレー・カルキン。

そんな彼に、そっと寄り添ってくれる友人がいたのですね。

それは、あのマイケル・ジャクソン。

最初は、『ホーム・アローン』が大ヒットし、マコーレーが注目を集めていたとき、マイケル・ジャクソンから連絡を取ってきたそうです。

マイケルとマコーレーは、12歳も歳の差があります。

しかし、マイケル自身も幼い頃からショウビジネス界で育った大スター。

マコーレーは、若くしてスターになったマイケルにシンパシーを感じたのでしょう。

すぐに、友だちになったと言います。

そして、知り合った翌年の1991年に、マイケル・ジャクソンのミュージックビデオ「Black Or White」に、マコーレーが出演。

また、マイケルの豪邸「ネバーランド」に何度も招待されています。

そんな友情を育んでいた二人の関係が、疑われたことがあります。

2004年、マイケルが児童性的虐待の疑惑で起訴されたときです。

マイケルの性的ないたずらや、不適切な接触を疑われたのです。

しかし、マコーレー・カルキンは、法廷に証人として出席し、一切を否定。

このこともあって、マイケルの無罪が確定しました。

現在、マイケル・ジャクソンはいなくなってしまいました。

しかし、マイケルの長女パリス・ジャクソンのゴッドファーザーであるマコーレー・カルキンは、今でもパリスと密に連絡を取り合い、生活を見守っているそうです。

幼い頃から苦労に寄り添ってくれた、マイケルへの恩を忘れていないのですね。

マイケルから受けたその恩を、マコーレー・カルキンは、パリスに「恩贈り」をしているのでしょう。



 

マコーレー・カルキンの恋人、結婚や子供について。

15歳で役者引退した、マコーレー・カルキン。

その後は普通の生活をしたいとの思いから、ニューヨークの私立高校に入学しました。

そこは、「プロフェッショナル・チルドレンズ・スクール」と言う、子役たちが通う学校でした。

そして、マコーレーは、運命的な出会いをするのです。

 

レイチェル・マイナーと結婚

同級生の女優レイチェル・マイナーと出会ったのです。

二人は恋に落ち、1998年の4月に17歳という若さで結婚をしました。

結婚を機に、高校も3年生で中退をしました。

しかし、二人の関係は2年しか持たずに2000年破局。

2002年に、正式に離婚が成立しました。

 

ミラ・クニスと交際

レイチェル・マイナーと離婚成立からすぐに、マコーレー・カルキンは3歳年下の女優ミラ・クニスと出会います。

ミラ・クニスもマコーレーと同じ子役出身でした。

そんな二人は、急速に接近し交際をするように。

マコーレーが23歳のときでした。

そして交際は9年間続きましたが、2012年に二人は破局となりました。

破局の理由は、ミラ・クニスの浮気。

その相手は、現夫であるアシュトン・カッチャーだと言われています。

映画『スティーブ・ジョブズ』(2013年)などで主演を務めた俳優ですね。

 

ブレンダ・ソングと交際、そして子ども誕生

その後、マコーレー・カルキンは、2017年に映画の撮影現場で出会った女優ブレンダ・ソングと交際をはじめました。

そして、2021年の4月には男の子が誕生します。

2022年1月にはブレンダと婚約に至りました。

やっと安定した家庭を築けそうですね。

子どもの頃から、何かと不幸なことも多かっただけに、マコーレー・カルキンの幸せを願いたいです。

 

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
では、また!



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